大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和45年(行ツ)58号 判決

上告人

長谷川愛衛

右訴訟代理人

永宗明

被上告人

倉敷労働基準監督署長

犬飼尚

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人永宗明の上告理由について。

論旨は、要するに、亡長谷川徳治(以下亡徳治という。)の死亡は業務との間に相当因果関係がなく業務上の死亡とは解しがたいとした原判決には、労働基準法七九条の解釈を誤つたか、審理不尽、理由不備の違法がある、というのである。

原審が適法に確定した事実は、次のとおりである。

一  大工木村和義は、昭和三七年九月二九日の朝、大工畑和勝とともに、倉敷市粒江の大工武内鶴志方に、適当な仕事先がないかと相談しに行つた。そして、木村は武内方で昼頃まで冷酒約四合を飲んだのち、武内につれられて畑とともに、同日午後一時頃、就職を依頼するため、藤木工務店現場監督吉田某を尋ねて、同市浦田一六七七番地の藤木工務店建築工事現場に行つた。

二  右現場は、藤木工務店が味野豊から請負つた側壁をブロックとし屋根を鉄筋コンクリート造とする住宅新築工事現場で、同工務店はその大工作業を三浦組こと三浦三郎に下請させ、同組では大工世話役中田初義の下で亡徳治、大水清、平元藤一の三名の大工に仕事をさせていたが、木村らが右現場にきたときは、世話役の中田はおらず、右三名の大工のみが一階の屋根の上で板張りの仕事をしていた。

右屋根部分には、県道から幅三尺位の桟橋をかけ、これを昼つて屋根にあがれる足場ができていたが、右現場周囲及び右足場にはなんらの障壁、囲もなく、外部から自由に出入できるようになつていた。

三  右現場には現場監督吉田がきていなかつたので、木村は、以前一緒に三浦組で働いていた亡徳治や平元らに時候の挨拶をし、右屋根の上で梁の間の寸法を測り板を打ちつけていた亡徳治の傍にかがみこんで、一・二ケ所所携のスケールで梁の検尺をして同人が釘を打ち易いように板の片方を押えるなどの手伝いをしながら、「中田が帰つてきたら、藤木で働けるように就職を頼みにきたと伝えてくれ」といつて伝言を依頼した。 ついで、木村は、既に構築されている仮枠の梁の間隔を測つて亡徳治にその寸法が広すぎると指摘してから、前示桟橋を下に向けて降りかけていたところ、亡徳治が木村に対し「もとおりもせんのに」(「仕事ができもしないのに」という意味)といつたので、木村はこれを聞きとがめたが、そのまま下の県道のところまで降りた。そして、木村は、亡徳治に謝罪させようとして、畑に対し亡徳治を呼んでくるようにいつたが、畑はもし亡徳治を呼んでけんかになつてはいけないと考えて、これを止めた。しかし、木村は「言うだけは言つて話をつけておいてやらんといけん」といつて亡徳治を降りてくるように呼ぶと、同人がすぐ降りてきて、右足場の東はずれの川の向い側の県道上で木村と向い合つた。

木村が亡徳治に対し「お前さつきいらんことを言つたのを」というと、亡徳治は返事もせずにただにやにや笑つているので、傍にいた武内は、このままでは木村が暴力をふるうかもわかもないと考え、亡徳治の肩をつきながら「お前笑うばかりせずに断りをせにあいけまいが」と繰返しいつて謝罪するようにすすめたが、亡徳治がなんらの応答もせず、ただにやにや笑みを浮べていかにも木村を馬鹿にしたような態度を示すので、木村は、自分を嘲笑しているものと考え、憤激の余り、突如手拳で亡徳治の顔面を突き、同人の左腰から玄能を右手でとり、これで同人の左頭部を殴打した。

四  その後、右両名は仲直りし、亡徳治も屋根に上つて作業を続けたが、同人は、木村の右暴行により、左側頭部打撲傷頭蓋骨内出血左側頭骨皹裂骨折の傷害を受けていたため、同年一〇月一日午前三時三〇分死亡した。

以上の事実関係のもとにおいては、木村と亡徳治との間の紛争は木村が仮枠の梁の間隔が広すぎると指摘したことに端を発しているが、しかし本件災害自体は、亡徳治が、木村に対しその感情を刺激するような言辞を述べ、更に同人の呼びかけに応じて県道上まで降りてきて嘲笑的態度をとり、同人の暴力を挑発したことによるものであつて、亡徳治の右一連の行為は、全体としてみれば、その本来の業務に含まれるものといえないことはもちろん、それに通常随伴又は関連する行為ということもできず、また業務妨害者に対し退去を求めるために必要な行為と解することもできない。それゆえ、亡徳治の死亡がその業務に起因したものということはできないのであつて、同人の死亡は「業務上死亡した場合」に当たらないとした原審の認定判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

〈上告理由省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例